BACKBONE
私は、「試合に出るのが怖い」という
最もメンタルの弱い選手の一人でした。
今でこそ日本の頂点を競うようなチームや選手を始め、グローバルで戦うビジネスマンや企業に対して心の使い方を指導するようになった私ですが、実は、スポーツ心理学を究めようと決断した背景には、学生時代の自分自身の心の弱さを感じる原体験がありました。
野球が大好きだった私は、子供の頃から練習を重ね、アマチュアレベルとしてはそこそこの力をつけることができました。高校時代は、早稲田実業で甲子園にも出場することができ、早稲田から慶應へと移った大学時代もレギュラーを伺うAチームでプレーすることができました。しかし、高校時代も大学時代も私には周りに気づかれないように隠していた心の弱さがあったのです。
それは、「試合に出るのが怖い」というものでした。レギュラーを獲れるかどうかのレベルで常に競争してきたのに、いざ試合になると「こんなところでミスをしたら、レギュラーを外されてしまうんじゃないか」というネガティブな思いが頭を支配し、憂鬱になってしまっていたのです。もちろん普段は試合で活躍したいと本気で思って練習し続けているのです。しかし、その思いが強いぶん、失敗するのが怖いという思いも強くなり、いざ試合になると体が硬直し、普段はできるプレーが本番ではできない自分がいました。
そんな状態でありながら自分のプライドは傷つかせたくないという思いもあった私は、不可抗力で試合に出られないようにならないだろうかと考えることさえありました。夢にまで見た早慶戦の前には 『できれば盲腸を患って入院したい』などと冗談みたいなことが頭をよぎっていました。もしそうなったら、きっとチームメイトがお見舞いに来て『布施、大丈夫か?』と声をかけてくれる。私が『ツイてねーよ』と答える。こうして、“不可抗力で試合に出られない”という状況をうまく作り出せば、たとえ試合に出られなくとも、自分のプライドは傷つかないだろうと思っていたのです。
この頃から『心理的な何かが、自分のプレーにブレーキをかけている』という自覚はありました。しかし、当時はこれをどう解決すればいいか全く分からなかったのです。
14年間のビジネス経験を通し、足りないものは
「ライフスキル」だと確信しました。
なぜうまくいかないのか?その答えが見えてきたのは、競技スポーツを離れ総合商社でビジネスマンとして働きだしてからでした。入社当時、野球に比べたらビジネスは私にとってまだまだ思い入れの大きいものではありませんでした。そのため、守りに入っていたかつての自分とは違い、とても気が楽だったのです。何かミスをしてもそんな自分を直視できる余裕があったのです。できないことは『できない』と素直にいえると楽だし、できるようになると楽しくなる。仕事に対しては変な小さなプライドもなかったのが幸いし、どんどんプラスのサイクルに乗っていきました。反対に、優秀な先輩が『仕事で失敗できない』と思って萎縮している様子を見て、“つらそうだな”と思うとともに、“昔の自分はこんな感じだったんだろうな”と感じ始めました。
14年間の商社での仕事では当然いくつもの修羅場を経験しました。日々動いているビジネスの世界で一つ一つの出来事を自分がどう判断し、チームをどう動かしていくのがベストなのかを考える機会が数多くありました。そんな経験を通し、選手時代の『かつての自分』とビジネスの世界にいる『今の自分』を客観的に見ることが出来たことで、「心の使い方」の重要性に改めて気づくことができたのです。
そしてスポーツにもビジネスにも共通するこの「心の使い方」をもっと学びたいと考えた私は、本格的にスポーツ心理学を学ぶために会社を辞め、スポーツ心理学の最高峰ノースカロライナ大学グリーンズボロ校に留学することにしたのです。私はここで日本とアメリカの大きな違いを学びました。それはアメリカでは「心の使い方」を「ライフスキル」と呼び、スポーツの世界でもビジネスの世界でもライフスキルをいかに高めるかということへの関心が日本とは次元の違うレベルで高いということでした。彼らはライフスキルを高めることでスポーツのパフォーマンスを高めるだけでなく、ビジネスをはじめとした人生全てをいかに充実したものにするかを追い続けているのです。
日本に足りないものはこれだ。私は確信しました。
スポーツもビジネスも経験し、応用スポーツ心理学を
米国から持ち帰った私がこの国でやらねばならぬこと。
アメリカの大学院で博士号を取得した私は今、日本のあらゆる人々のライフスキルを高めるためのサポートを行っています。プロのアスリートやチームを始め、ジュニアから社会人までのアマチュアスポーツチーム、組織活性や成長を志向する大手から中小までの企業、そして経営者やビジネスリーダーまで幅広くライフスキル向上のための支援を行い、ゴールに至るまでの道を共に歩んでいく中で、日本の人材育成や教育に足りないものはまさにライフスキルの修得だと改めて思いを強くしました。
高度なライフスキルを身に着けると、目標の立て方が変わり、そこに至るまでのプロセスが変わり、チームのコミュニケーションが変わり、自己のモチベーションが変わります。さらに具体的に言えば、プレッシャーの中でのパフォーマンスの高め方、直面した問題に対する解決力、時間が限られた中でのベストの尽くし方、パフォーマンスを安定的に高めるゴール設定の方法、組織と個人のジレンマの中での動き方、成功と失敗のハンドリングの仕方が変わっていきます。その瞬間ごとにどう考えどう動けばいいのかの選択肢が増え、最適なアクションを起こせるようになるのです。こうした変化によって結果としてスポーツであれば勝利を、ビジネスであれば成功を導く土壌が生まれます。
しかし、現状は日本においてその重要度は理解浸透されていません。それどころか、スポーツの世界では肉体や技術を鍛え上げることへの意識の偏重によって、多くのアスリートがセカンドキャリアにおいて自分の可能性を閉ざしてしまっています。
これはスポーツの世界がライフスキルを磨く環境としては最も適しているということが理解されていないからだと私は考えています。勝利のために練習を重ね、チームの力を最大限に高める必要があり、負けることで学びを重ねることができ、移り変わるゲームの中で瞬時に的確な判断が求められるスポーツの世界は、まさに人生の縮図と言っても過言ではないくらいライフスキルが求められる環境です。この事実を一人でも多くの指導者が認識し、選手やチームのライフスキルを高める取り組みを行えば、日本のスポーツ界のレベル向上はもちろん、現役を終えた後の世界でも活躍する優秀な人材が数多く輩出されるようになることは間違いありません。
スポーツの指導を変え、選手とチームを変え、ビジネスの世界におけるスポーツ経験の価値を変え、人々の人生をもっともっと充実したものにすること。それは、スポーツの世界でもビジネスの世界でも10数年の経験を積み、応用スポーツ心理学を究めて来た私が成し遂げなければならない使命だと考えています。
近い将来、ライフスキルを高めることが人材育成・チーム育成の常識となり、皆さまが、いろいろな分野で真のアスリートとなり、充実した毎日をおくり、仕事をされることで、日本中が活性化されることを信じてやみません。
PROFILE
Tsutomu Fuse,Ph.D
布施 努
ノースカロライナ大学グリーンズボロ校大学院にて博士号取得。
慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員。
NPO法人ライフスキル育成協会代表。
スポーツ心理学博士。
スポーツ心理学の最高峰ノースカロライナ大学グリーンズボロ校にて博士号を取得。米国五輪組織やNFL数球団のメンタルコーチを務める世界的権威のDr.Gouldを師とし、最先端のスポーツ科学をベースにフィールドでメンタルトレーニングを共に行える数少ないスポーツ・サイコロジスト。
早稲田実業高校、慶應義塾大学では野球部に所属し、高校時は甲子園で準優勝、大学時は全国大会優勝を経験。その後、住友商事にて14年のビジネス経験を経た後に渡米。
ウエスタン・イリノイ大学大学院修士課程(スポーツ心理学専攻)修了。
ノースカロライナ大学グリーンズボロ校大学院ではUSA五輪チームやNFL、NHLのリサーチ・コンサルティングを行う。帰国後、慶應義塾大学、筑波大学、JR東日本、桐蔭学園ラグビー部、横浜ラグビースクールなどのスポーツチームのメンタル指導を行い、チームを短期間で全国大会優勝に導くなど確実な結果を残す。
また、ビジネスの世界においても(株)東芝、監査法人トーマツ等の大手企業チームビルディング、組織パフォーマンス向上、ライフスキルの講師として招かれるなど、スポーツからビジネスまで幅広い分野での指導を行っている。
略歴
昭和38年7月 東京生まれ
昭和57年3月 早稲田実業高校卒
昭和62年3月 慶応義塾大学文学部卒
昭和62年4月 住友商事株式会社入社
平成12年6月 ウエスタンイリノイ大学 キネラオロジー学部
スポーツ心理学専攻修士課程卒
平成24年6月 ノースカロライナ大学
グリーンズポロ校大学院
スポーツ科学部博士課程卒(Ph.D)
慶応義塾大学スポーツ医学研究センター研究員
所属団体
北米応用スポーツ心理学会
日本スポーツ心理学会
選手としての活動歴
[早稲田実業学校硬式野球部]
昭和55年 全国高等学校野球選手権大会準優勝
昭和56年 全国高等学校野球選抜大会出場
昭和56年 全国高等学校野球選手権大会ベスト16
昭和56年 秋季国民体育大会高校野球の部準優勝
[慶応義塾大学体育会野球部]
昭和60年 東京六大学野球大会優勝
昭和60年 明治神宮大会優勝
昭和60年 日韓台三国対抗野球大会優勝