羽生結弦選手が大事なときに勝つ理由 ~獲得型思考を貫く~
平昌オリンピックでの羽生選手の金メダル獲得は、スポーツ心理学の観点から見ても、羽生選手が大事な舞台で最高のパフォーマンスを引き出す思考能力を持ち合わせていることを確信するものでした。
■アスリートの思考タイプは「獲得型」と「防御型」がある
アスリートは試合で勝つために、試合中や練習、日常生活でもあらゆる思考を巡らせながら活動しています。その思考のタイプは大きく2つに分けることができ、一つは、勝つためにプレーする「獲得型」思考であり、もう一つは負けないようにプレーする「防御型」思考です。 「獲得型」は意志決定が自動的で早く、チャレンジする意欲が強いのが特徴です。一方、「防御型」の場合は意思決定に慎重で、そのために不安感が増し積極性が低下してきます。
これまでの研究では「獲得型」でプレーしたほうがスポーツにおいてもよいパフォーマンスを発揮できることがわかっています。 しかしながら、フィギュアスケートや体操は競技特性からミスをすると減点されてしまうので、ミスをしないようにするにはどうすればよいかを考える防御型思考になりがちです。 ■羽生選手は「獲得型」でいられる準備をしている しかし、羽生選手の言動からは彼が「獲得型」思考によってパフォーマンスが向上させてきたアスリートであることがわかります。
例えば、2016年初戦でジャンプの失敗が重なった大会後の会見では羽生選手は自らをこのように表現しています。 「僕がノーミスをすること(ノーミスで演技を終えること)なんて、これまでほとんどなかったですから……。その意味では、自分自身は挑戦することに生きていますし、そこからまた強くなろうということに、すごく情熱を注いでいます。限界はないと思ってやっています」 そして、平昌オリンピックでは「獲得型」で演技に臨むためにSPの冒頭プログラムを難易度の高い4回転ループから4回転サルコーに変更しました。一見防御型に入っているのかと考えてしまいがちですが違います。 この時、 「守りではなくて、固めた上で勝ちに行く」 とコメントしていますが、怪我から復帰したばかりの状態で4回転ループ を入れてしまうと失敗したくないという気持ちが強くなり「防御型」に入ってしまう。
それよりは、やれる自信のあるサルコーで出来栄え点を稼ぐという『獲得型』のメンタリティで臨むことを選択したのです。 ■演技中にも「獲得型」でパフォーマンスを上げてきた さらに演技中にも羽生選手は、獲得型に入り続けることで力を発揮します。今回のフリープログラムの演技でも、得点源となる3連続ジャンプの最初の4回転トーループを失敗し単独になってしまいました。
しかし、
「次はミスしないように・・・次は確実に飛ばなければならない・・・」 という防御型思考ではなく、ミスの直後から 「どこかにチャンスがないか・・・」 を探す獲得型思考で、次の2連続ジャンプを、とっさに3連続ジャンプに変更して成功させました。
今回の羽生選手が発揮したような、その時々の状況に瞬時に対処したり困難な状況を打破する能力は、「獲得型」思考と密接な関係があります。 王者である羽生選手も常に調子が良いとは限りません。体調が万全ではない時もあれば、ミスをしてしまうときもあります。しかし「獲得型」でいることによって、そのときの自分の最高を引き出す勝つためのターゲットを柔軟に設定できるからこそ、ここぞという大事な試合で勝つことができるのです。 羽生選手の日々の努力はもちろんのこと、その努力の方向性が素晴らしく、経験に裏打ちされた最高の力を引き出す思考を自分自身で作り上げてきたからこそ、ただうまい・強いだけでない、オリンピックという大舞台で2連覇という偉業をなしとげるアスリートに成長したのではないでしょうか。 これからもフィギュアスケート界を牽引する羽生選手の思考を追い続けていきたいと思います。 --- これまでのコラムはこちら↓からご覧ください。 https://www.facebook.com/SPORTSforWIN/ ◆スポーツ心理学博士 布施努の活動についてはこちらをご覧ください。 https://www.facebook.com/fusetsutomu/