早稲田ラグビー チーム文化の再構築
~監督がスポーツ心理学者を招いた理由~
<前編>
Text by 花咲 尚
創部101年、ラグビー全国大学選手権で10年ぶりに優勝をした早稲田大学。2019年12月の対抗戦で明治大学に敗れてから、決勝が行われた2020年1月までのたった40日間で、そこまで積み上げてきた小さな変化が大きな変化となって花開いた。
就任2年目の相良南海夫監督が「相互理解の上でのコミュニケーションでチーム力が上がった」と話す、その裏には”スポーツ心理学博士”布施努との関りがあった。株式会社Tsutomu FUSE,PhD SPSのスタッフ花咲尚が、相良監督へ独占インタビューを行い、チームに一体どのような変化があったのか、詳しく聞いた。
相良 南海夫 監督
早稲田大学高等学院時に花園出場、早稲田大学では2年でレギュラーを獲得し、4年時は主将に。卒業後は、三菱重工相模原でラグビーを続けた。ポジションはFL(フランカー)。2007年三菱重工相模原ダイナボアーズ監督としてトップリーグ昇格を果たした。2018年から早稲田大学ラグビー部の監督に就任。2018年度大学選手権ベスト4(準決勝敗退)、2019年には10年ぶりの優勝に導いた。
選手主体の”早稲田ラグビー“を再構築するために
ーー昨年就任されて、その段階では準決勝までで今季優勝されました。今年のチーム作りにあたって、まず何を課題として感じていらっしゃったのか教えてください。
学生たちには当然「常に日本一」というミッションがあります。それは言うのは簡単で、本当にそれを獲りたいかどうかは学生たちがそういう想いをもって、日々取り組まないと成し得ないことなんです。
そもそも、早稲田のラグビーの歴史というか、自分が育ってきた環境として(相良監督は早稲田大学ラグビー部OB)、監督とかコーチにやらされる、言われたことだけをやるというのではなくて、キャプテンを中心とした、「学生自治」が早稲田のラグビー部だと思っています。そこは時代が変わっても、早稲田のラグビーのアイデンティティーとしてすごく大事だと思っていて、私は監督という立場になりましたけれど、それは変わりません。
やはり主体的に自分たちがどうしたいか、どうなりたいか、というところが重要でそこを一番大事にしたいな、と思っていました。だから、就任したときも学生に最初に言ったのは「やるのは君たちだ」と。「だから自分たちがどうなりたいかというのを考えなさい」と伝えました。もちろん、すぐには変わらないですが、徐々に徐々に僕の言っていることが選手たちにも浸透してきたと感じました。
たとえば、今までは「どうしましょうか? どうしたらいいですか?」という聞き方だったのが、「こうしたいんだけど、どうでしょうか?」という聞き方に変わってきました。
2018年はそういう変化の中で、チームもどんどん変わっていってもともと力がある子が多かったので、なんとか最低限というか、年越しの準決勝までは行けたけれど、そこで跳ね返されたというところでしたね。
だけど、その経験、その悔しさがね、大切で。悔しさから学ぶことっていうか、悔しさが成長の糧になると思ったのでそこはブレずに、もっともっと伸びていけばいいなと思ったのが、今年のはじまりだったかな。
スポーツ心理学博士のチーム加入で選手たちのコミュニケーションが変化した
ーーそういった課題が見えてきた中で、より良くしていくためのひとつとして、“スポーツ心理学博士”である布施努氏のトレーニングを実施することになったようですが、実際のトレーニングを重ねていくなかで、監督ご自身でチームの変化を感じたことはありますか? 具体的にどんなシーンで感じましたか?
布施先生に来ていただいたのは夏合宿(2019年)から。シーズン当初から来てもらいたかったんですけど、ちょっとスタートが遅くなってしまいました。でも、だからこそまずはチームのリーダー陣を中心にトレーニングしてください、とお願いしました。正直、最初は布施さんのセッションを受けるにしても、それぞれ温度差があったと思います。
でも布施さんのセッションの後も、選手たちだけで残って1時間くらい話し合いをしていたんです。そうやってお互いの想いを伝え合ったり、考えをぶつけ合ったりすることは大事だということにあらためて気が付いた感じですね。そういう時間が増えていったのは間違いないな、と。それは変化したことの一例かな。僕はそこの中に入っていないので、実際に何を話しているかは分かりませんが、確実に選手同士の会話は増えました。
ーー日頃のコミュニケーションの量が増えれば、お互いのことが分かるようになってきますよね。それがプレーの中での違いとして出てくることはありますか?
これは昨年からずっと言っていることなのですが、コミュニケーションと言うと、コーリングしただけとか、声出しただとか、単にそれだけと勘違いしている場合も結構あるんですよ。
でもそうじゃないよ、と。コミュニケーションというのは相互理解があってこそだよね、とずっと伝えていました。だから、選手たちも理解はしていたと思います。でも、実際に布施さんのセッションの後に話し合うなど、そういった日常のコミュニケーションが増えたことによって、おそらくフィールドの中でもお互いが分かり合わないとコミュニケーションが成立していないってことに気づき出したと思います。
当然スキルが上がったとか、同じメンバーでやり続けることで連携が良くなったという面もあると思いますけれど、それ以上によりお互いを理解し合うようになったからこそ、プレーにも現れたかなと思います。シーズンが深まってからは、アンダープレッシャーの中のミスも減ってきたと思いますし、流れが悪い中での試合中の修正力も高まってきたと思います。
——チームの中での言葉の使い方や考え方で目に見えて変化したことはありますか?
布施さんとふたりで話をしている中で、「気付ける人間になってほしい、当たり前を当たり前にできる人間になってほしい、そういう部員にしたいんですよね」ということを話したんです。布施さんもそういう部分には共感してくださいました。布施さんがどういう仕掛けをしたか分からないですけれど、「当たり前のことを当たり前にする大切さ」だとか、そういうことは選手の言葉の中、リーダーの言葉の中からもすごく出てくるようになったなと思います。
僕が「誰でもできることはちゃんとやろうよ」と割と言っていたんですが、シーズンが深まってくるにつれて、齋藤やリーダー陣の言葉の中からも、僕が大事にしたいと思うことを口々に言ってくれるようになりました。考え方が同じベクトルになったかなと思いますね。
——布施氏がチームに加わったことで、監督ご自身の変化はありましたか?
変化がなかったと言ったら怒られちゃいますね(笑)。変化というか、おこがましいですけれど、自分が思っていることはそんなに間違っていないというのが分かったというか、自信がもてました。
僕の考えを布施さんに伝えたときに「それをしないほうがいいですよ」なんていうことはなかったですね。基本的には共感してくださる中で、その中でもこういうやり方がありますと、ヒントをくださいました。
たとえば、伝え方のトーンとかも、たまにもこういときはガツンといったほうがいいんですかね? とか聞けば、相良さんは普段厳しいこと言わないから、こういうときはガツンと言ったほうがたぶんインパクトあると思いますよ、とかそういうアドバイスをいただいたりしました。
いろいろと学びもありましたし、失礼な言い方かもしれないけれど、僕にとっての良き相談相手になってくださっていたので、心強かったですよね。
布施さんはお忙しい中、夏合宿以降は毎週のようにきてくださったので、選手たちの様子もよく観察してくださったし、日常的に相談や確認ができたので、非常に心強かったですね。
——選手たちと布施氏が会う頻度も大事ですよね。
頻度、大事ですね。僕やコーチは、学生とは毎日接していますが、当然選手の内面も見ていかなきゃいけないとはいえ、どちらかと言うとスキルやフィジカル、身体の調子が良いか悪いかとか、そういうところに目が行きがちですよね。
布施さんはスポーツ心理学をやられている立場として、選手の内面を見られる。そういう目は確かだな、と。逆にこの選手はこういう特徴があるんじゃないのっていうのに早く気付かれる。逆に僕が「あの選手はこういう選手だと思うんですよね」と話すと、「たぶん彼はそういうところありますね」、共感してくださったので、私自身も一人ひとりの接し方に関して、自信をもつことができたので助かりました。
相互理解と文化の継承
——監督がお考えになる布施氏のやり方のすばらしいと感じるところはどんなところでしょうか?
一言で言い表せないのが正直なところですが……、このチームを優勝させる、引き上げるには、何を刺激したらいいのかというのが的確になったことかな、思います。
単なる学術上のフローでやるというだけじゃなくて、このチームにいるリーダー陣に集中してテコ入れしてもらいました。リーダー陣がどういう姿になれば、チーム力が上がるっていうところをすごく的確にとらえて、今回は時間は短かったですけれど、そこを引き上げていただいたなという風に思いますね。
ヘタするとコミュニケーションではなくて思いが一方通行になってしまって、「これはこういうもんだ!」と決めて付けてしまいがちです。でも、そうではなくて、布施さんは彼らを引き上げるためにどうするかというのをカスタマイズしてくれたというか。布施さんが自分はこう思うけれど、君たちはどう思う? と、ちゃんとお互いに腹落ちするようなセッションをしてくれていました。
スポーツ心理学やられている方って、そうなのかもしれないですけれど、そういう部分が非常に布施さんの優れたところじゃないかなという風に思います。
——学生スポーツですし、毎年メンバーが変わりますよね。その年の子たちに対して、最も効果的な指導は何かというのはどう考えていらっしゃいますか?
もちろん、毎年選手は変わりますが、ベースとなるもの、先ほど言ったように、「学生自治のクラブだ」というそこのカルチャーみたいなものはしっかり残していかないといけないと思っています。
そういうベースの中でどういう人であるべきか、とかどういう人になっていかなきゃいけないか、というところを考える。その軸(ベース)、文化を継承していくにあたって、毎年やり方やアプローチは変わるかもしれませんが、足りないところを補ったり、必要なことをやっていくということだと思っています。
——学生たちはそのコア(ベース)の部分もしっかり理解して行動していますか?
もちろん、そうです。それをまずは、布施さんにも分かっていただく必要がありました。お願いするにあたって、「うちは学生が自分たちのチームの運営を主体的にやっていくというクラブだと思ってはいるけれど、なんとなくそれに対して物足りなさを感じている」というお話をさせていただいたんです。
布施さんも早稲田のラグビー部の特徴はそういうところだと思いますと、言ってくださったので共通認識がもてました。そこの入り口で違っていたら(共通認識にズレが生じていたら)、同じ方向を向いていけなかったと思うので、まずはそこのベースをしっかり共感してもらいましたし、そういうチームにしましょうよ、と最初に言っていただいたので、安心できました。
後編では、12月対抗戦で宿敵明治大学に敗れ、その後大学選手権までの1か月間で「チームがいかに成長したのか」を中心におききしています。